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星守る犬
いきなり寒いのでびっくりしましたが、自然ていうのは手加減しないものだなとつくづく思います。
すごい災害を引き起こしても、暑さも台風もまた直後の寒さが厳しかったように、冬もいつも通りやってくるんだなと。

星守る犬
「ナマケモノは見ていた」 の村上たかしが漫画アクション誌に不定期連載していた同名漫画の映画化です。
漫画アクションは青年漫画雑誌の元祖とも称される雑誌なだけあって、よく見るとかなりハイレベルな漫画家が興味深い作品を発表している雑誌ですね。
「ルパン三世」
「クレヨンしんちゃん」
「鈴木先生」
「極道めし」
「大阪ハムレット」
「鎌倉ものがたり」
などなど、すごいでしょ?
私は村上たかしが連載してる時に全部読んでいたのではなく、たまたまコミックを読んで漫画喫茶で号泣したにわか口なんで、しかしだからこそ今回の映画化には並々ならぬ期待を寄せていたんですが、映画はあまり泣けなかったですね。
なぜかな。

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夏の暑い日に北海道のキャンプ場近くの森に放置されていたワゴン車。
その中で身元不明の男性とその飼い犬が死んでしばらく経った状態で発見された。
ナンバーは外され車体番号も削られ、身元を示すものもないことから、男性は死を覚悟していたものと思われたが、不思議なことに男性と犬は死亡時期がずれており、どうやら犬は飼い主が亡くなった後も逃げずにそのそばにいたようだった。
そのことに心を打たれた市の職員が、残されたレシートと領収書をたどり (どうやら本州から北上してきたよう) 、身元調査に乗り出すが・・・。

職員が玉山鉄二で身元不明の男性・おじさんが西田敏行。
探す玉鉄を軸に、彼が見つけていくおじさんの断片と、おじさんの旅の途中が挟み込まれるんですが、観ている私たちが知るおじさんの情報の半分ほどしか玉鉄はわからないのに、どうしてあの心境にたどり着けるのかがわからない。
旅の道連れになる川島海荷の恥ずかしい存在感もあいまってか、結局「人が死ぬ」ということが他人に与える衝撃を、「感動」とごっちゃにした、よくある映画になっていました。
残念。
平井堅もそろそろ歌う映画の内容を考えた方がいいと思う。
今のままだと彼が主題歌を歌うと、必ず人が死ぬみたいなことになりかねない。

家族から捨てられたおじさんと、元捨て犬だったハッピーがあてのない旅の途中人に裏切られたり (しかも子供に) 、おじさんが元妻や娘に会いに行ったり (結局会うのをやめた) 、世間からどんどん遠くなっていくにつれ、おじさんとハッピーの絆が深まり、またおじさんの人生の終わりも見えてきてしまうこの辛さ。
そこに付け加えた感のある玉鉄や海荷ちゃんの人物設定の軽さが、西田敏行と犬のパートを邪魔しています。

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泣いている人もいましたが、確かにわんちゃんのいじらしいほどのおじさんへの愛には泣けます。
星一つ★

村上たかしが描いた、奥さんと彼のエッセイ漫画もまた良くて、妊娠した奥さんとこれから家族が増えることに不安な村上たかしのエピソードも号泣するほどいいんですが、機会があったらぜひ読んでほしいですね。
と言って、別に村上たかしは号泣漫画ばかり描いてないですよ。 あしからず!

ではまた~

「星守る犬」 ★

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[2011/07/21 20:39 ] | 映画 | トラックバック(0)
パラダイス・キス
暑いだけでなく、ムシっとしますね。
震災の影響での節電モードに、「今年の夏は去年ほど暑くなく、むしろ涼しいかも」と言った気象予報士は資格を取り直せという感じです。

パラダイス・キス
矢沢あい原作まんがの映画化で、スマッシュヒットを飛ばしています。
デザイナーやモデルを志す若者たちと言えば、背筋が凍るほど劇場が冷えていた「ランウェイ☆ビート」がありますが、出来からして「ランウェイ☆ビート」の方が良かったのに、この差はなんなのか?
やっぱり矢沢あいの原作の人気と、キャストのあかぬけ感でしょうか。
北川景子と桜庭ななみ、向井理と瀬戸康史とあげるだけでも、明らかに「パラダイス・キス」の方にキラキラしたものを感じるのではないでしょうか。
またこの主役たちがどちらも割とベタな恋をしていくのですが、桜庭ななみに感情移入して瀬戸康史をどんどん好きになるか、北川景子になって向井理をどんどん好きになるかで言っても、今はやはり向井理に分があるのではないかと思わされました。
え、それって私だけ?

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向井理って、いつ見ても何か恥ずかしいことを言っているような(・・・)気がするんですが、外見とのギャップがいいですよね。
昭和な顔とクールな感じなのに行動は熱い
日本のこれからのラブコメを担っていける男だと思うのですが、どうでしょうか。

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「パラダイス・キス」の見所は、北川景子の眉間のしわ。
自分が何をしたいのかわからず、親の期待に応えられない自分に自信が持てない北川景子が、「仕方ないじゃない」って眉間にしわを寄せながらがんばってる。
そんな彼女が服飾専門学生からモデルとしてスカウトされ、その強引さに巻き込まれ、自分でやると決めてからもまだ眉間からシワが取れません。
でも向井理が認めてくれたことと、ショーの成功で、シワがなくなった。
自分に自信が持てたし、向井理に恋してしまったからですが、それがとても良かったです。
またね、向井理のセリフが臭くてね、

「自分の足で歩いて俺のところに戻ってこい」

とか、いろいろ熱くて恥ずかしことを言うんですが、多分その恥ずかしさが北川景子の心を溶かしたんだと思いますね。
他には大政絢のかわいさぐらいしか誉めるとこはありません。
いろいろ問題山積みなまま、二人がとりあえずくっついた感の終わり方でいいのか、果たして疑問です。
あれでは北川景子は舞台女優にならないといけないのじゃないでしょうか。
ま、いいけど。
星一つ★
ではまたー

「パラダイス・キス」 ★

[2011/07/09 10:28 ] | 映画 | トラックバック(0)
マジジョ
マママママジジョ!
頭から離れなくてこまってます。
わかる人にはわかる、某アイドルグループの学芸会ドラマの主題歌です。
気がつくとあの振り付けが! あの歌詞が! 頭の中いっぱいになってしまう・・・なぜ今頃。
「セーラー服反逆同盟」や「クローズ」「ビーバップ」などなど人物設定やエピソード、さらにはまんまセリフをパクって、なぜ訴えられないのかわからないドラマですが、なぜか観ちゃうの。
若さっていいですね。
よーし、今日も気合いいれていくぜ! (棒読み)
と言いながら、暑くて溶けそう・・・

さや侍
松本人志という人を誤解していたのか、彼自身が年をとってそうなったのかあれなんですが、この映画のキャンペーンでの彼を見て、もはやアウトローではなくなったのを感じました。
今は人の理解を求めているし、評価も望んでます。
コメディアンでありながら、自分らの笑いは誰にでもわかるものではない、チャンネルを合わせないとわからない (合わない人はセンスがない)、センスのない人間に笑っていただかなくてけっこうです、と公言し、傲慢だと激怒したやっさんに、全国生放送中にケンカを売り返した脅威の若手コンビ、ダウンタウン。
彼らが大御所を怒らせても活躍できたのは、島田紳助がダウンタウンの漫才を見て「紳助竜介」の解散を決意したと言うほどのその天才ぶりと、上下関係が厳しいとされる漫才界で彼らが起こしたいわゆる下克上に、若いファンがものすごくついたおかげだと思います。
ほんとにものすごく×1000くらいの勢いで、ダウンタウンの笑いはぶっちぎっていました。
漫才ブームを作ってしまったほどです。
もうネタやらないんですかね。 誘拐電話、観たいなぁ。

でも、ダウンタウンとかウンナンとかの芸をテレビで観てると、人を笑わせるのは簡単だと勘違いしてしまう人は多かったでしょうし、実際志した若者も多かったと聞きます。
簡単じゃないからすごいのにね。
しかし吉本の学校なんか、今やすごいらしいですからね。
漫才やるのにダンス習うらしいですよ。
表現のためなのでしょうか・・・

しかし、天才ゆえの孤独、わからない奴はわからんでええ、という考えに凡人は憧れるけど、ほんとは絶対そんなわけないし、でも他になじまないためにも孤高を貫くのはきついことだったと思います。
特にドラマや歌に目がいっちゃう浜田雅功よりも、お笑いにのめり込んでた松本人志は周囲のプレッシャーもあったろうし、よっぽどつらかったはず。
それが信念を書いた本がバカ売れしたり、ドラマにも出たり、いつの間にかコントもやらなくなって、気がついたらだんだん階段を降りてきちゃった感じじゃないですか、今。
だけどそれが悪いとは思いません。

「大日本人」で失敗したのは、タダで観れるテレビ感覚の映画だったこと。
チャンネルを合わせて観るならば、どっかで別のチャンネルに合わせたくなるのも人情だよな、と、作る方にも、観る方にも言える感想を持ちました。
映画ってすぐにチャンネル変えられませんし、CMも入りませんし。
笑いに飽きた天才の新しい遊びと誰か批判していましたけど、さすが天才、第二作「しんぼる」ではチャンネルを変えるようなエピソードチェンジがCMの代わりにもなるよう工夫して、一息つけた分メインストーリーは面白かったです。
での「さや侍」です。

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これが、最後の衝撃シーンまでわからなかったんですが、主人公の侍は松本人志自身を投影しているのではないかと思いました。
だとしたら、この映画の意味してることってまた漫才に向き合うってこと?
それとも映画にのめりこむってこと?
そこまで気にしてしまう映画でした。
竹原ピストルの歌も、「砂の器」並みに感動を押しつけてきたけど、悪くなく、割とよくできていたと言うのをまたダラダラ書いてしまいました。
星二つ★★

孤高の天才とかカリスマとかって、人の評価を求めないとかなんとかいって、それがかっこいいと思わされますが、ゴッホなんて最後の最後まで名声に渇えてたし、本来芸術家やアーティスト、エンターテイナーなんて誉められてなんぼの話だと思うので、今回の松本人志が自身の作品に評価を欲しがったというのこそ松本人志がアーティストである証明なのだと感じました。
年末のあれ、毎年楽しみにしてます。だからコント、いけると思いますけどもー
ではでは

「さや侍」 ★★

[2011/07/01 10:14 ] | 映画 | トラックバック(0)
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